寄稿・論文



自主日本の会

掲示板

コラム

イベント

リンク

 topページに戻る

若松孝二監督 『実録・連合赤軍』を観る

2007年7月3日

塩見孝也

6月27日、とうとう待ちに待った、若松孝二監督による『実録・連合赤軍』を観ました。

第2回目の試写会で、新宿西口の「明治安田生命ホール」でした。

顔見知りを始め、沢山の方がいらっしゃっており、ホールは満杯でした

僕は、招待状ももらいましたが、失くし、会場前をうろうろしていたのですが、監督に拾われ、入場しました。 「関係者席」でした。

忙しくて、時間がありませんので、その総合的批評は後に廻すとして、走り書き風に今回は書きます。

一言で言って「超、素晴らしい映画」でした。3時間半の大作でした。

多分、来年度の、日本映画のトップかそれに近い評価を得るのではないでしょうか。 今の映画界の現状では無理か!?

若松さん、ご苦労さんでした。監督、ありがとうございます。

「リアリズム性」「事件の評価の核心における正鵠性、トータル性、人間性の掘り下げの深さ」「70年大会戦の革命闘争とそこでの諸問題を真正面から向かい合い掘り下げている真摯さと格調性」―――――僕ら、かつての「革命戦争派」、革命的左翼は、あれから40年近く経ってではあれ、苦節する中で、従って、やっと、ということでしょうが、あの事件を映像化する事に成功した、といってよい、と思いました。

連合赤軍事件とその光と影は実に描きにくい対象です。

それを、実現するには、近、現代史への、透徹した見識、歴史観が必要で、今まで、この課題に優れた数々の映画監督が幾度も挑戦したものの、その映像化を許さなかった程の対象でした。

ドストエフスキーが幾人居ても、描けないほど、連合赤軍事件は、人を寄せ付けないような、エベレストを越えた、さらに峻厳なる高峰として聳立していたのでした。

それを、若松監督は見事、やり遂げた、と言って良いと思います。

「当事者」の僕としては、このような映画を、亡くなった同志達、今も獄で苦しみながら、不屈に闘い続けている同志達、傷ついて今も彷徨している人々、外国の地で、祖国日本を憧憬しつつも、帰れず、今も苦闘している同志達、連合赤軍事件の真相を知りたいと真剣に調査、研究している若い人達に対する、何よりもものはなむけ、鼓舞激励の作品と解したいと思います。

重ねて、監督にありがとうと言いたいです。

もっと、大きな視野で捉えれば、連赤事件というドラマは、日本,否、世界の民衆運動の成熟程度をシンボライズする事件でありますから、この過去の成熟程度を、民衆自身が乗り越え、新しい成熟段階に到達しない限り、或いは、その門口、端緒に立たない限り、もっと言えば、そういった萌芽の諸現象を、人間的感性の鋭さとトータルな見識、教養に於いて、捉え切る予兆能力を持った、確かな芸術家が輩出しない限り、どうしても全面的には描けない対象だと思います。

あれ以降の後退戦、迷妄が社会と民衆全体を覆っていた、約30年間を経て、心ある人々が、苦節の中で、やっとトータルな思想的、政治的視野、布陣を先駆的に獲得し始めた時、それが伝播し合う中でしか、映像化し得ない対象です。

霧が晴れ始めた時、過去が見え始め、同時に未来が見え始め、現在の位置が正確に掴め始めます。

天の時、地の利、人の和、と言いますが、この映画はそれが、合し始めた今の時期、これからの未来を、切り裂きつつ、これからの未来を照らし出す意味合いをもって、誕生したように思えます。

監督は、革命的左翼の最前線に立ち続け、その世界での動きを、思想的、政治的に捉え切らんと身を処し続けてこられた人でした。

こういった、人でない限り、こういった映画は、絶対に撮り切れません。

この意味で、この映画は、今後の日本と世界の民衆が進むべきスプリングボードをがっちりと提供してくれており、過去30年間の、権力者たちが布石し、民衆がその迷妄にマインドコントロールされて来た迷妄の霧を、この映画は、すっきりと拭い去ってくれます。

迷妄の夜霧の中を、民衆の巨万の軍船が、進むべき進路をしっかりと照らし出す、最高に性能ある確固たる灯台であるといえます。

僕もここでは赤軍派議長として、正当な歴史的評価を与えられ、登場してきています。

これは、僕が、公的に復権されることとして、終生希っていた要望の実現でした。

この点でも、監督に感謝したいです。

監督は、身に余る光栄ですが、僕の著作をしっかりと読んで下さっており、相談も可なり頻繁に預かりました。

僕の意見を、じっくりと聞き届けてくださり、それは、ほぼ95パーセント、映画に貫かれていると思います。

細部に付きましても、要点の所も、しっかりと質問され、疑問も晴らされたようでした。

こういった、予断と偏見なき目が、多分に、この映画を、さらに輝かせる要因になっているのでは、と自負します。

監督や参加された人々とこの映画の感想、評価を交換、分かち合うべく、この映画終了後、予定された「ロフト・プラス・ワン」の感想、批評会には、是非、出席したかったわけです。

しかし、翌日の会議に向け、文章を用意しなければならず、泣く泣く僕は家路に付きました。

実に、返す返す、残念至極なことでした。


塩見孝也